とーま日記:Q

藤麻無弓(とーま・むゆみ)が色々ダラダラしてます。

“輝く未来をぉ~ 抱きしめて!”

ちょっと 前の話なんですけど、アニメージュのHUG!っとプリキュア特別増刊号を買ったんですよ。

 

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なんかね、読んでるだけでめっさ涙腺にきたんですよ。

各キャラクターの名前の由来であったり、脚本家さんプロデューサーさん、そして中の人のインタビュー記事とか 過去のアニメージュ本誌で掲載されたものも再録されていたりしてね。

 

『劣等感は成長の通過儀礼』とか、

『自己肯定を獲得する物語』とか、

『相手を肯定して受け入れるのが「はぐプリ」らしさ』とか、

…が見出しとして書かれてて、記事中でそんな想いを作品に込めているんですよ、って作ってる方々の言葉が諸々書いてあってね。

なんだか泣けるんですよ。

 

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『世界はもっと優しい』ってね。

 

これは今年春のオールスターズの映画のときの記事のやつですけど。

仲間に支えてもらってる感じとかね。ましてこれはオールスターズの映画だから先輩プリキュアから助けられて ってのもあったり。

 

そういえば秋のプリキュアの映画の記事で、

 

natalie.mu

 

ってのがあって、その中で気になったのが、

シリーズディレクターの座古さん)「引坂さんはすごくストイックな方で、毎週オープニングで流れる『なんでもできる!なんでもなれる!』ってナレーションは、実は毎週録っているんです」と明かすと、会場からはどよめきが。「それを引坂さんが『私はなんでもなれない』と思っちゃって、言えなくなったことがあるんです。でもそれを乗り越えて、今は言えている。オープニングだけですごくドラマがあるんです」と続ける。

 

ってので。

毎週『なんでもできる!なんでもなれる!』って言ってるの!? 録音したものを使ってるんじゃなくて?? って。

これを読んでから毎週見るときに注意して聞くようにしてね、読んだがゆえかもだけど、違ってるように聞こえるし、たまにこのオープニングだけで泣けてくるもの。

 

『なんでもできる!なんでもなれる!』って

 

ところで前にも書いたけど、

 

mooth1006u3.hatenablog.com

 

このとき、

「男の子でもお姫さまになれる」

 って言っていたアンリくん、

 

(以下、画像はHUGっと!プリキュア 第42話より)

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先日の42話でプリキュア15年間史上初の男の子のプリキュアになるという…!

www.toei-anim.co.jp

 

(まぁ、私は見てたときに、前半パートでボロボロになっていくアンリくん見ながら涙腺ズルズルしてたし、このままクライアス社に勧誘されて闇落ちしちゃうのかな って思ってた…ら、これですよ!)

(あと19話で「人の心を縛るな」ってはなさんがえみるの兄・正人に言ってたんだけど、この41話では正人が愛崎家のおじいさまに対して言ってたり。)

 

www.huffingtonpost.jp

 

 

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そうですね、どっちでもいいですね。

なりたい自分になることですからね。

 

 

あと、キュア〇〇 っていう、名前、アニメージュにも書いてあったけど、この42話でも補完されていて、はぐプリの各プリキュアの名前、全部フランス語だけど、主人公のキュアエールだけ、英語でのエール(=応援)って意味と、フランス語での『翼』って意味もあって、

は~! すげー! ってなった。

(アンリくんのアンフィニは『無限』って意味らしい。無限の可能性…!)

 

 

はぐプリ本編はもうラストスパートで、前回の43話がほまれ回で、次の44話がさあや回なので、もう、なんか、やばい。(語彙力)

 

www.huffingtonpost.jp

“fakeaway away souls”

この死にたみがすごい。

 

 

楽しいこともあるし、満ちてることもあるし、支えてくれたり助けてくれる人もいるし、別に何か攻撃とか叩かれたりしてるワケでもないのに、

希死念慮が すごい。

 

 

別にそんなこと此処に書いて残しておく必要なんて無いんですけど、そんな感情を感じてたので書いておくんですけどね。

 

『停滞』してるからなんですかね。

感受性が落ちてるワケではないと思うんですけどね。

“楽しい” は “楽しい” で存在してて、それはそれであるんだけど、ふと自分の意識にフォーカスを戻したらめちゃくちゃ冷めてる私があって、とてもどうでも良さを感じる。

 

 

楽しい想像もするし、うまくいったらいいな という夢想にふけることもあるのだけど、まぁ別にならなかったらならなかったで。死んだら死んだでまぁえぇわ。と。

うまくいかなかったとしてもどうでもえぇわ、みたいに感じることもあって。

で、自棄的な思いにふけっているならある意味で無敵状態というか無双状態とも言えるハズやのに、一切なにもやる気になれず、どうせ無駄だと何もしない。

 

 

どうせ衰えるのに経験を重ねる意義が何処にあるのか …などと考えたりして何も動かない 動けない。

 

 

楽しいことが無いワケではない。

これもただのよくある虚無感として過ぎて逝くだけなのかもしれないけれど。

“ブログを書く意味”

mooth1006u3.hatenablog.com

 

別に 食べて行けるかどうかとかはよく分からないんですけどね。

でもこれ書いてて何の意味があるんや、誰に向けて書いてるんや って思うことはありますよ。

 

ツイッターならテレビ見てツッコミ入れながらだとか。関係なくても死にたい死にたい言ってればいいけど。独り言だからさ。つぶやきだからさ。

 

 

こっちはたまにどうでもいい気持ちになるんすよねぇ。

 

 

まとまった長文をたまに書きたくなるから とかそんな感じか。

 

あとは自分専用のまとめサイトみたいなものか。気になったものを引き出しやすくする為にまとめておくとか。

 

自分が何処かに出掛けたときとかは、写真どんどん貼って思い出を記録しとくとか、ライブ行ったときには感想書いたりセトリ残したり 楽しかった記録とか。

 

 

あ、思い出した。走馬灯作りだ。

楽しかった記録はその為だな。

 

 

光陰矢の如しですから。

虚無と無為に満ちているけど、少しでも刻んでおきたいなどと思ってしまうんすかね。

 

 

書く場所とか機会があるのが有り難いと思う反面、どうでもいいな と感じることもあるし。

どれだけ満ち足りても死にたいと思うこともあるし。

 

言うてもそれでも書き残していきたいと思いますよ。

それがこのとき思ってた気持ちなんですからね。

 

これが後々なんの為になるのかなんて分からないんですから。

今はとても無為に満ちてしまってるけどあとからどんな意味や価値が根付くなんて見えないですからね。

 

こうやってネガティブな内容を読んだことによって、私がどんな人かと色々推察される方も色々いらっしゃるでしょうし、ネガティブだと感じ取ったのであればそれを読みたい人が気にし続けるんでしょうかね。

個人的にはどっちでもいいんですけど。

 

ネガティブを毛嫌いしてるだけではポジティブも見えないとは思ってるので、ネガ感情をしっかり書いておく っていう。そういうのはありますよ。

 

ネガティブだからって「うぇーい!落ちてるー!!」みたいにやるのはなんか違うので。それは私のテンションではないし。(芝居としてやることはあるけど)

落ちてるときが第三者から見えないといっても、そういう部分が表明されてないと、この人は順風満帆でポジティブに満ち満ちてるのかな?って思ったりもしますから。

 

mooth1006u3.hatenablog.com

 

 

あらゆる感情がありますから。

あらゆる湧いた感情を否定せずに沁み込ませて、尚、表出する。

 

表明する。

 

ブログに意味があるとすれば、そういう感情のあらゆるものを残していくことなのかな って少し思う。

“あなたに『好き』が 敵わない。”

mooth1006u3.hatenablog.com

mooth1006u3.hatenablog.com

 

何度も書いてますけど、広く浅くなので、本当に詳しい人には敵わないんですよ。でも友人とかは趣味の近い人が多いこともあって、本当に詳しかったりするので、私がその趣味に対して『好き』だと言うのは烏滸がましいと思ってしまうんですよ。

 

とはいえ、単純に知識だけでだったら調べたりすればなんとかなるものも無くはないんですけど、技術的なものとか、感覚・感性が伴うものは、一朝一夕で付け焼き刃で情報を蓄えても、本当に『好き』なものを血肉にしてきたその人と私とでは全然敵わない。

もう、雲泥の差ですよ。

 

と、思ってしまうのです。

 

私がこれこれこういうポイントが、カッコいいだの すごいだの思っても、詳しい人にしてみたら ( ´_ゝ`)フーン ってとこもありますから…

…なんて書いてきて思ったんですけど、逆にそれ、私が詳しい側の立場のときに、詳しくない人をバカにしてるような気がしてきたぞ…。

 

あー、またこう変なとこで増長するクセが出てきてるな。

でももう増長するのは仕方ないや。や、増長しないのが一番なんやけど。

自慢したくなる気持ちが出てきてしまったりするのも私だしなぁ。

 

で、詳しくないところだと変に遠慮したりするし。

周りに合わせて、反応を伺ってしまうからなぁ。正解を探してしまってさ。

 

なるべくそのとき感じたこと、思ったことを感性のままに出していく努力をしよう。

 

 

 

ところでそう思った、今回これを書こうと思ったキッカケは、NHK『SONGS』のhide特集を見ていて。でした。

 

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周り 詳しい人ばっかなんだもん。自分より詳しい人がいると それに及ばなくて遠慮しちゃったトコがあったのよ。

 

ニワカでも、小さな『好き』を重ねていけるようにしよ。

 

 


MIYAVI カッコよかったですよ。

 

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“シンカリオン 47話。「好きはその人を表すもの」”

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(画像は 新幹線変形ロボ シンカリオン 47話より)

 

 

この回つか 前の46話から続けて、リュウジが西日本の運転士とどうコミュニケーション取っていくか って中で、三原指導長代理から、それぞれの好きなものや 特長、傾向を見て どんなアドバイスをしていくのが適切か っていう。

 

そういう接し方みたいなものを見てて、ちゃんと個人に向き合っててすごいな〜 って見てて感動したよ。

 

 

で、

私の 『好き』 ってなんだろうね。

よくぶっ殺して来たけど。

 

mooth1006u3.hatenablog.com

 

 

 

基本、広く浅くで。色んなもの手を付けてるけど、殺してきた割には色々やってきたな と。

 

 

わざわざ明言するまでもないかもしれんけど、普段やってること 触れてるもの 自然と自分が話題にしてることが好きなことだと もう言ってるようなもんじゃねーのか って思うけどね。

 

 

 

ま、私は友人の好きなものとかも、それについて喋ってる話題の多さとかから覚えていくしさ。

この人は声優が好き。この人は野球が好き。この人はこのバンドが好き  とか。

逆に 対象の好きなものから その人が浮かぶくらいですけどね。

 

 

私の好きなもの ってなんでしょうね。

殺しても好きなもの。

殺してしまった 好きなもの。

“幸せ な、『感覚』”

ネガティブばかりじゃなくて、たまにはポジティブなこと書いておかないと、

 

「なにこの暗い人」、「キモッ」、「まじメンヘラ乙」、「関わりたくないんすけど〜」、「やだー 死んでー☆」とか言われかねないので。(ぉぃ  動機が)

書くか。

 

 

 

幸せな 状態 じゃなくて、

『感覚』

 

(なにか読んでて そこからなんだけどソース忘れた)

 

 

金持ちになったら幸せ、結婚したら幸せ、昇給したら幸せ とか、なにか格別な『状態』になったら ってワケじゃないもんね。

その状態を維持する中での上がり下がりなんてあるからね。

だから 「欲しいものが手に入ったら幸せ」というワケじゃあ無ぇんだよね。

 

手に入った 瞬間 は幸せかもしれんけど。

 

 

 

で 本題。

 

この前テレビ見てても思ったけど、女子が美味しいもの食べたときに、

「あ〜 幸せ〜♡」

って言ってるシーンあったけど そんな感じで。

幸せだと感じる そういう『感覚』が ふとしたときにあって、それを如何に “自覚” 出来るか って話じゃないですか。

と。

 

 

例えば私の場合、

 

食事を摂るのが苦手なんだけど、私の空腹状態と好きなものによって、食べるとじんわりあたたかくなるような感じになるんですよ。

それ 幸せな 感覚 なんですよね。

 

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(先日食べた 温玉乗せチーズカレー。美味しかった。)

 

で、食べてくると 食べることが 作業 になるからあまり幸せな感覚としては乏しくなってくるけど。

 

 

ほかに、風呂に 湯船に浸かるときとかね。

はー 極楽〜 とか言うやん。

(オッサンかよ) (私は言いません☆)

それもまたあたたかくなる感じ。

 

でと浸かり続けてると 熱いし のぼせるし。

 

 

同じく、布団に入るときとか。

冷たい布団を自分の体温で温めていく感じとかも  「はにゃ〜ん(cv. 丹下桜) 」 って感じよね。

 

 

あとは ハグされてるとき。

(この前もオーディオヴィジュアル見てて 女優さんが「ハグしたい? されたい?」って聞いてて、それな! っていう。聞き方も良いよね。←  )

包まれてることによる安心感とかあるよね。

 

ま、人によるし。

ずっと同じ体勢だとしんどい ってのあるだろうけどさ。

私は ハグされる のが好きです。ハグする方もいいけどね。

 

 

 

こんな感じで。

『満たされていく感じ』その感覚が、幸せな “感覚”  なんじゃないかな って思って。

『安心に包まれる感覚』 っていうんですかね。

 

 

安心な状態とか 今後一切の不安のない状態 なんてのは無いから。

 

つか、昨日のソフトバンクが通信途絶えたやつにしても、普段享受されてる安心や安定に対しては、別に感謝も何もなく当たり前だけど、途絶えたら文句言うやん。

だからどうしても、不安とか不満とかが目立つけど…  不安や不満から文句を言う人が目立つけど  安心やら安定やら 満たされてる人は文句言わないし。

満たされてる 状態 のときは文句言わないし。

(私はWiFi環境にいたから関係なかったけどw)

(さんざんCMで「つながるソフトバンク」とか言ってるのに 止まってんじゃねーかw  とかネタにはしてますw )

 

 

 

ベースが安心だから 不安になったときに黒くなっていく感じで、

安心は退屈にもなるから感じにくいけど、安心を 受 け 取 っ た と き の 感 覚 は 実感として代え難く沁みるものだと思ってるので、それを自覚できるか って話じゃないですかね。

 

 

 

 

ポジティブになりましたかね?

あんまり「幸せガー」とか説きだすと またそれはそれでうぜぇんすかね?w

説いてないけどw

 

 

『幸い僕らには不満がある。』

“私が なりたい 『私』”

 

 

いやぁ…

批判される覚悟なんて無いですよ。

 

ずっとビクビクしてますよ。

部屋の隅っこでガタガタ震えながら祈り続けてますよ。

 

第一に、私がなりたい私 なんてハッキリしてませんよ。

なんか違うなー なんか違うなー を繰り返しながら。電柱に鎖を繋がれた犬がぐるぐる回りながらキャンキャン吠えてるだけだったりもしますよ。

 

他の人より弱さを自覚してるくらいで。

淡々とネガティブなことも吐き続けていきますから。

あくまで そのときの私 が此処に在って、無駄にこだわりの強い陶芸家のように、自分の周りを破片でいっぱいにしたりするのよ。

 

迷って 悩んで 不貞腐れて。

コレジャナイ を繰り返して。

 

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(画像は HUGっと! プリキュア  より)

 

 

 

 

全然関係ないけど、

『だらしなくて弱い僕だって 歌い続けるよ』

って良い歌詞ですね。